2020年に向けて重要視~害獣害虫駆除の歴史~

ペストコントロールは今後も成長していく予想 ペストコントロールは今後も成長していく予想

東京オリンピック成功のカギを握るのは駆除作業だった

街並み

2020年の東京オリンピックに向けて、日本では様々な準備が着々と進められています。街づくりや、観光客を受け入れる体制、またはテロ対策などです。その他に、ねずみ駆除やハクビシン駆除といった害獣対策も例外ではありません。害獣や害虫を駆除して、日本を綺麗にすることも大切なことです。

オリンピック開催にともなってペストコントロールはかなり重要

2020年には、また日本でオリンピックが行なわれます。日本に住む国民にとっては、かなり嬉しいことといえるでしょう。オリンピックが開催されると、開催国には世界各国から外国人が集まります。そのため、感染症の侵入や、害虫、害獣の駆除対策という動きが順次進められています。この中でも衛生環境を整えるためには、害獣の駆除は必須項目であるといえるでしょう。ペストコントロールは今後かなり重要なものとなります。開催地である日本に訪問してもらう以上、来日した外国人が病気一つせず、帰国できるような衛生管理が徹底された環境を提供するのも、おもてなしの一環です。

1964年東京オリンピック開催で成長した日本のペストコントロール

1960年代は多くの人が町を綺麗に使用していました。(60代/男性/当時小学生)

1964年の東京オリンピックを足がかりとして、日本のペストコントロールはビジネスとして勢いを強めていきました。あれから半世紀が過ぎ、再び日本でオリンピックが開催されます。以前のオリンピックでは、世界的なイベントをきっかけとして、ペストコントロール事業以外にも新たに多くのビジネスが発展していきます。今会のオリンピックでも多くの市場が恩恵を受けることに期待しています。

オリンピックをきっかけに町が生まれ変わるのが楽しみ(60代/女性/当時小学生)

昔の東京オリンピックでは、多くの人々が自分の町を綺麗にしよう!という意識が強かったのがとても印象的です。今回の東京オリンピックで、再び町中が綺麗になっていくのではないかとかなり期待しています。また当時は、子供だけでなく大人も活き活きしているようにも見えました。あの頃見た風景を、また見てみたいですね。

国内のペストコントロールの軌跡

いまでは害虫駆除やねずみ駆除、ハクビシン駆除のような害獣駆除は一般の人にも広く認識されるようになり、専門業者も増えています。しかし昔から駆除業者がいたわけではありません。国内のペストコントロールの歴史を少しばかり紹介します。

日本の害虫&害獣駆除の歴史

戦前

第二次世界大戦前の日本では、害獣駆除や害虫駆除は伝染病予防として行なわれていました。伝染病を媒介する生物は危険とされ、害獣駆除は都が率先して行なっていたのです。この頃はまだ、害獣駆除や害虫駆除はビジネスとして行なわれてはいませんでした。これをきっかけに、害獣駆除が日本に浸透していったのです。

終戦直後

日本は戦後、GHQの指導によって国内の保険行政が整い始めていきました。それ以前は、各市町村や住民の自主的な駆除作業がメインとなっていたのです。当時、駆除の対象となっていた生物は、ハエや蚊でした。このハエや蚊を駆除するために、低濃度の薬液を撒き駆除するという方法が用いられるようになったのです。蚊やハエの駆除対策が進んだ結果、人々の生活の衛生面は激的に良くなっていきます。

1964年東京オリンピックの頃

1964年東京オリンピックが開催された時期の日本は高度経済成長期の真っ只中でした。また、この頃は環境衛生運動が一番発展した時期でもあります。そして、害虫害獣駆除が行政から民間へ移行していったのもこの頃あたりです。1970年頃になると、国民の日常生活が快適さから、ゴキブリや自然動物の繁殖が増加したため、ゴキブリ駆除や自然動物の駆除がペストコントロールのおもな対象に変わっていきます。

現代

現在では、保健所の衛生害虫専門窓口や、建築物衛生法などがあり害虫や害獣への対策が進んでいます。ちなみに駆除業者では年月をかけてハクビシン駆除などを効率的に行なう方法を集積し、その技術を大きく進歩させ続けています。また現在ではハクビシン駆除だけでなく時代に合わせて発生する様々な環境衛生問題にたいして様々な対策を講じ、人々が安心して生活できる環境づくりが進められています。

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